小金井と私 秘かな表現 '17


関係するアーティスト・研究者

  • アサダワタル

関係する場所

  • シャトー2Fギャラリー&カフェ

スタッフ

  • MiyashitaMiho
  • 荒田 詩乃

2017-08-10

21:21

今日は朝からチラシ作り。

11月に行われる「想起の遠足」に向けて。

我らがきっちゃんがチラシタイトルを書いてくれました。

伝えたいところ、内容によって表現は変わるよね、きっちゃんの手描きのタイトルはとても素敵です。もう少ししたらお目見え。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-08-05

17:52

小金井と私、前原暫定集会所でミーティングでした。

今日はメディエーターのメンバーとFacebookグループで出してきたアイデアを、具体的に企画に落としこむにはどうしたらいいか、を話し合いました。

誰かの記憶にインスパイアされること、自分の記憶を思い返すことはセットになってることなのかもなあ、と思いつつ、今度は記憶のツアーを繋げてゆきます。それぞれの物語がつながってゆくように、そこから新しい物語や場を紡いでゆけるように。

また今年も始まります。
たくさんの人や想いに出会うことができるのが私はとてもとても楽しみです。

  • 荒田 詩乃

2017-07-21

23:27

小金井と私ミーティングでした。
Tarlの講義で出会った、佐藤さん、伊藤さんも新しく参加してくださいました。ありがとうございます。

今日は記憶のツアーを作るってところから一度離れて、去年の展示でどんな感覚を得たか、それからどんな感覚を他の人にもたらしたか、という事をみんなで去年のアンケートなどを見ながら話し合いました。
そこからじゃあ今年はどうやってみようか、という話に広がって行きました。

まちやひとの記憶をどうすれば他の町の人に実感として味わう形で届けることができるのか。
例えばそれはしかけだったり、(偶然をデザインする)、話すことを促すことだったり、あとは深さなのかなあとか。解像度をあげてゆくこと、丁寧に掘り下げてゆくことで、逆に一般化されることってあると思う。

また同時多発的に、色んなことがはじまってゆきます。

個人的なことですが、ミーティングが始まる前に、佐藤さんから聞いたお話がとても印象的でした。分断のこと。

  • 荒田 詩乃

2017-07-11

09:47

小金井と私 ミーティングでした。
今回はメンバーの須藤ファミリーが持ってきてくれた人生ゲームをみんなでやりながら、記憶について語り合うことをやってみました。

結婚のマスに止まったらご主人との馴れ初めを聞いてみたり、家を買うマスに止まったら家をたてたときのことを聞いたり。
うんちを踏んで金運アップのマスで、新婚旅行で行ったイースター島で牛のうんちを踏んだ話が出てきたのはおもしろかったなあ。

人生ゲームのあの没入する感じ、老若男女楽しめる感じ。人生は偶然なのだなあとか、意外と人生は短いようで長いなあなんて。

昨年の想起のボタンの展示では、集まってきたたくさんの記憶の断片がひとつの風景を作りました。今年はまちに飛び出してそれが動き出してゆくような、そんな予感がしています。
どう作っていくか、深めてゆくか、その過程もじわじわと楽しみながら進めていきたいです。
わくわく。

  • 荒田 詩乃

2017-05-23

22:59

小金井と私のミーティングでした。
ありえたかもしれない自分の記憶をもとにツアーを作ること。たくさんの分岐点のなかで、様々な偶然をもっと軽やかに楽しめたら、いまの自分を少し好きになれるような気がします。

ところで、中島らもの文章のなかに今日の天使って話があり、どんなにどうしようもなく悲しい日にも、自分を救ってくれるような出来事があって、それは偶然通りがかったおっちゃんの言葉だったり、そんなささやかな天使を1日に一回神様は与えてくれるんだって話なんですが、私の今日の天使は、メンバーのじゅんこさんのお話だなと思いました。

じゅんこさんは、娘さんのにこちゃんに「呼ばれ」て、いまの自分があると言っていました。運命とか、堅苦しい感じではなく、もっとやわらかな「呼ばれる」ということ。
私は、自分の人生が思い通りにいかないと考えてしまう時があるので、そう言えるじゅんこさんがとっても素敵だなと思いました。

  • 荒田 詩乃
  • アサダワタル
  • シャトー2Fギャラリー&カフェ
  • つぶやき

17:23

小金井と私 秘かな表現 新シーズンはじまります。
今日は第1回ミーティングです。

毎回、プロジェクトに合わせて映画をアサダさんが選んでくださるのですが、
今回は「ミスターノーバディ」「ルート225」「アクトオブキリング」の3つでした。

昨夜「アクトオブキリング」を観ました。正直、一晩あけたいまでも、頭のなかが整理できていません。
人にとって、本当に選択ってあるのだろうか。運命に向かい合うときに、人は無力なのだろうか。
フランクルの「夜と霧」も思い出しました。

演じることは、近づくことでもあり、そこに距離をとることでもあるんだなと思います。
行為と演技が同じACTであるように、
生きることは、もしかしたら演じることでもあるのかもしれません。

  • 荒田 詩乃
  • つぶやき