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THE ART OF SURVIVAL 翻訳+αプロジェクト

詩人であり翻訳家である山崎佳代子さんは著書、『ベオグラード日誌』でいいます。
「翻訳とは、世界を渡る事。小さな言葉ひとつひとつに心を捧げ続けること。言葉によって人と人とをむすびあわせること。」

翻訳とは、文章を他の言語に訳すという行為以上に、一つの世界からもう一つの世界へ思考をのばし、網をはる事。異なる文化をつなぐ営み。その文章が書かれた時代背景や歴史的背景、書いた人の意図、思惑、状況、そういったものを考察し、学びながら、自分自身の状況や生活にも反映させ、自分のことをも知っていく事なのではないかと考えます。

私たちは今回、1992年〜1996年の間に起こったサラエボ包囲戦の最中に、インディペンデント・プロデューサーグループFAMAによって作られた『サラエボ旅行案内 史上初の戦場都市ガイド』をさらに発展させまとめられた、 ’Ahead Of Fear – The Art Of Survival’ (ボスニア語/クロアチア語/セルビア語/英語)の日本語訳を試みます。参加者と共にバルカン半島の歴史を学びつつ、数回に分けてこの冊子の翻訳を行い、最終的には配布できる形にまとめていきます。

当時、サラエボの人々は絶望的な状況の中、それでも生活を営んでいました。懐中電灯を片手に闇の中を映画館へ走りました。弾丸の飛び交う中、美術鑑賞へ出かけました。クリスマスには必ず教会を飾りつけ、祝う事を欠かしませんでした。いつ行われるかわからないマラソン大会のために、スナイパーの目を盗みながら日課のランニングを続けました。
人々は厳しい状況下を生き延びるために、ユーモアと創造性を持ってこの状況に順応していく術を見い出していきました。『サラエボ旅行案内』、そして ’Ahead of fear, the art of survival ’ は、そういった人々から学ぶ生きる術、そして知恵が記されたサバイバルのための冊子です。

世界中の重層的に関係し合う様々な問題が顕在化し、明確な答えや解決の見えない状況の続く今、この冊子を読み解き、苦しい状況をどのようなユーモアと創造性で乗り越えていくかをける可能性があるのか学び、模索しつつ、私たちがおかれているこの状況、そして私たち自身を冷静に見る目を養います。冊子の中に書かれた言葉、それが持つ背景や伝えようとしている事をめぐる対話を重ね、遠いようで実はすぐそこにある世界について思いを巡らす事が、思いもよらない拠り所や自身との接点を見つけるきっかけになるかもしれません。

このプログラムは、読むことを通して他の文化を学びながら、自分の事も学んでいこう、という試みです。これを機に語学をやってみたいと考えている方、語学に不安がある方、翻訳に限らず内容、この冊子やバルカン半島の歴史などに興味がある方も是非ご参加ください。試行錯誤しながら一緒に他文化を学んでいきましょう。

※本冊子の翻訳は発行者であるFAMAの了承のもと行われます。

《翻訳する冊子》
’A head of fear, The art of survival ‘
この冊子のダウンロード先▶︎
https://www.dropbox.com/sh/4g36fmg4avtwbr0/AAD0czdcJY3WmqJT90QmKdaga?dl=0
FAMAのHP▶︎
https://aheadoffear.com/en/


スタッフ

  • haruka mo
  • MiyashitaMiho

自主事業 担当:森山晴香


2021-04-21

00:42

#17 

2021.04.20

 

皆で翻訳してきた冊子のページも残り少ない。ただ、そこで終わりではない。まだまだ道のりは長い。

 

今日印象に残った一つ目の話は、’Site’という言葉について。冊子の中にこんな一文が出てきた。

” I made a whole walnut furniture set, buying the material from five different sites.” (p78)

これはウェブサイトという意味でのsiteなのか、それとも、場所や敷地、地点をあらわすsiteなのか。

もし前者だとして、今ほどインターネットが普及していない1994年〜1996年、包囲戦下のサラエボで、ウェブサイトで木材を購入することは可能だったのだろうか。

もし後者だとして、あの状況下で、木材を入手できる場所がサラエボの中に点在していて、その情報を市民たちがシェアしていたのだとしたら。とても考えさせられる。

-場所場所に色々な人が色々なものを集めてたり、色々な情報がローカルに集中していたり。それって生き延びるための財産だよね。

-このような「人々にとっての’site’」っていうものは、意外と存在しないですよね。

 

今日印象に残った二つ目の話。包囲戦中(おそらく)、プラトンとヘーゲルの本がベストセラーだったという話。

”probably everyone wanted to read difficult things to forget about the war and their own difficulties. Plato and Hegel were bestsellers.” (p81)

例えば第二次世界大戦中の日本や東京でのベストセラーはなんだったのだろう、と気になった。

今は『鬼滅の刃』がダントツで売れていて、その次によく出るのが『あつまれどうぶつの森』だと、書店で働く友人は言っていたが。

 

 

想像や思い出、知識、さまざまな背景、時代が錯綜しながら、『翻訳』は進んでいる。

 

 

  • haruka mo
  • つぶやき

2020-10-07

07:49

#4 

2020.10.06

introductionを経て、4回目の昨晩、本編?を読み始める。

ベルリン、愛媛、東京と3箇所をつないで。
Googledocumentにお当番さんが翻訳した文章をアップしながらzoomで。
英語の先生を招いて。

4回目の当番、私はまず、英文を、と。それが終わったらディティールを、と、いつものパタンで間に合わない。
単語の羅列として帳尻はあっていたとしても、文意はわからない。

皆で読み始めてページの絵を見る、フッターのキャプションを見るとアーティストの名前。
ここでやっと、絵と言葉の関係を考えるに至る。遅い‥。

当時、サラエボに暮らしていた方々のメタファーとアイロニー。
背景がわからないと全くわからない文章。面白いな。英語の問題というより、もっともっと深い理解が必要になる、し。
彼らは何を伝えたかったのか、一人一人を、一つ一つを想像する。親密になる、私の深さがあるといいのだけれど。

A Jelly Bomb
ジェリー・ボム
ゼリー爆弾

柔らかくて優しくて美味しそうなものと爆弾。
そしたら、Bomb=グラフィティでは違う意味あるんじゃない?って。

いろんな背景を持つ人がいることの強み。
エキサイティングだな。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番