みそ!

スタッフの感じたこと、日々思うことを仕込んでいく「みそ!」です。

日々の中で気づいたことを誰かと話し合う。
今日出会ったこと、感じたこと。
出来事を丁寧に受け取っていく。

もしかしたらそれ自体が発酵して、
いつかプロジェクトになってゆくかもしれないし、ならないかもしれない。
だけど、それが、アートフルアクションの「みそ」なんです。


関係するアーティスト・研究者

  • アサダワタル

スタッフ

  • IshiiMari
  • ItoAsuka
  • MiyashitaMiho
  • 荒田 詩乃

2017-10-16

16:27

明日のギャラリーレンタルに備えて、奥の斜めになってるところのでかい板を外して物置にしまった。

しまうために、まず物置の中身を出して、ヒイヒイ言いながら、でかくて重い板を外して運び込む。

やればできるもんだ。

でも二度と一人ではやりたくないけど。

ということで

全部一人でやったの!

とアピールのために投稿。(笑)

  • IshiiMari
  • つぶやき

2017-09-13

12:39

この夏、アートフル事務所内、大胆に配置換えをしました。大きい移動は終わりましたが、時間を見つけて細々とした片付けをしています。

片付けすぎると使いづらいし、適当だと結局片付かない。わかりやすくて出しやすくしまいやすい、いい塩梅に収まった時の快感といったらないです(笑)

いい塩梅を見つけるには、ときに発想の大転換が必要だったりします。例えば縦に使うのが当たり前と思っていたものを横にしただけで、その空間の可能性がものすごく広がることもあります。

なんでもないところからの再発見って、アートだよね、と、片付けながら一人ほくそ笑むのでした。

  • ItoAsuka

2017-09-09

01:01

宮下さん、詩乃さん(途中まで)、市民スタッフのよしこさん、正恵さん、植木さんと一緒に、これまでの芸文計画、主に学校連携事業でできたこと、課題、今後の課題、可能性について話し合いをしました。

今日はカフェも盛況、ギャラリーも展示中、事務所をシェアしている小金井こらぼさんも活動中ということで、我々もランチやコーヒー、美味しいあんぱんをいただきながら、隙間を縫うようにして話し合いました。

そうしている中でも、プロジェクトのお手伝いにスカウトしたいと言っていた方がたまたまお客さんとして現れたり、よしこさんと植木さんが合間に全く別の仕事のやりとりをしたり…このつながりって、ネットワークじゃなくてパッチワークに近いような気がします。

  • ItoAsuka

2017-08-15

14:43

夏休みは、まだ、ありません‥。

でも、なんというか、ここシャトーは、もしかしたら、ちょっといいところかもしれない、と思い始めました。

シャトーは、もともといろんな人が集まりますが、ここ数日、超特大大掃除をして、連日の力仕事の真っ最中なのです。そにに、小学校に入るかどうか、くらいから一緒に活動しているアキラ君が、ノコギリ振るって、カナヅチ叩いて、棚作りリーダーの清水さんを助けて、片付けを進めてくれているのです。もちろん、大人も働いてはいるんですよ。

でも、二人のところから漏れ聞こえるに、清水さんがちょっと数え間違ってしまったりしたことを、アキラが修正したりもしています。阿吽の呼吸で、いい感じです。清水さんが、いろんな子供をすっと受け入れて、年齢とか性別に関係なく一緒になんでもできる人、そして、アキラもなんとなく素直に委ねていたり、ちょっと嬉しそうだったり。そして、私は辛いことは二人に任せていたり。

(カフェのあべちゃんに眠いと言うとあべちゃんはコーヒーを淹れてくれる、練乳アイスを買ってきてもらう事もある‥)

外ではスペシャル素敵なお掃除のおばさんとカフェのあべちゃんが立ち話をしている。時々子連れで出勤してくる人もいる。ちょっと赤ちゃんに遊んでもらったりって、なんていうかね、素敵でしょ。

閑話休題。

 

 

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-08-10

11:13

知らないことがたくさんある。

カマキリの脱皮。今朝、車を出そうと思ったら、ワイパーに引っかかっていた。

はて、カマキリは一夏の生き物なのか、何年も生きて、なんども脱皮するのか?

知らない‥。

先週、アピチャッポンの展示、バスハウスで。

http://www.scaithebathhouse.com/ja/

後からわかったけれど、同じ時間帯にギャラリーに来ていた人に、翌日別のところで出会った。同じ展示を同じ時間に見て、知り合いでもなかった人の感想を聞いたら、全く、私が気づいていなかったことをたくさん見ていた。そういうことだったんだねーと、思ったり、うーん、と思ったり。

違うってことを毎日知ること、なるほどな、って思うこと、大切だ。

このカマキリ、どこに行ったんだろう。

 

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-08-02

22:39

Windowsマシン攻略中

事務所の片隅で、まるでPC初心者のような真剣さで古~いWindowsマシンに向かって作業する我らが事務局長。Windows初心者だそうで。今日でもうWindowsマシン達人ですね!

日々、地味で意外な作業がいっぱいあるものです。
(これは「みそ!」なのだろうか)

  • IshiiMari
  • つぶやき

11:40

色んな事があり、ストップしてしまっていました。
そろそろまたネジを巻きなおそうと思います。ごめんなさい。

先日ダイアローグインザダークに行ってきました。
あの場所での開催は8月までらしいです。

純度100%の暗闇の中で、歩いたり、座ったり、話をしたり、飲み物を飲んだりします。
それはとても素敵な体験でした。
感じたことがいくつか。

みることは、見えることだけじゃないこと。暗闇の中のゆたかな世界。
暗闇は怖いけれど、どこか不思議と安心したこと。
暗闇の中で体温や手のひらが語ること。
見えないのに、見えたような気がした一瞬があったこと。
長く暗闇にいると、目の前に白い記号のような模様が見えてきたこと。

そういえば表現も、もとをたどれば、真っ暗闇の洞窟の中から生まれたものでした。

アテンドをしてくれた視覚障がい者の方が、まるで見えるかのように暗闇の中を自在に動いていて、
どうしてわかるのと聞くと、「空気の流れ」だといっていました。
目で見ることとはまた違う、彼のみている世界はきっとすごく豊かなんだと思いました

目で見るだけではない、みること。
言葉で語ることだけではない、語り。
その人の在り方、生き方で伝えること、伝わること。
伝えること、つたわることの多様さと豊かさは私が忘れているだけで、いつでもすぐそこにあるんですね、

  • 荒田 詩乃
  • つぶやき

2017-07-29

22:51

毎日おかげさまで楽しく生きています(笑)。土曜日、「リーディング ドイツ同時代演劇リーディング・シリーズ」を、ドイツ文化センターで見てきました。

https://www.goethe.de/ins/jp/ja/sta/tok/ver.cfm?fuseaction=events.detail&event_id=20986282

言葉、ことば、の可能性について、もっと考えることができないかな、という興味です。

行く前に上記のURLの文章を読んでいきましたが、見終わってもう一度その文章を読むと、脚本を読むだけに見えた芝居が、ああ、多層的で面白い構造を持った芝居になっていたな、という感じもしました。

そして、学生の時の土曜日のように、次はギャラリー。

Takuro Someya Contemporary Art 「ラファエル・ローゼンダール」の最終日。この作品はタペストリー。何か、これまでのデジタル作品の規則性と繊維の規則性が面白い風合いで対照される。

自分達だったら何ができるかな?と。帰りながら考える、有栖川。

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

22:26

何年間も小金井の小学校でお世話になって、連携授業をさせてただいた先生と久しぶりにお話をしました。

私たちは小金井市の芸術文化振興計画の推進事業の実施を受託していますが、その経験から得た様々な知見(というほど偉そうなものではなく、チケン、くらい)を、もっと洗練させたり、新しい課題への取り組みにつなげていきたいと思っています。

昨日お話をし、これまで連携したことのない団体、大学との連携、これまでやったことのない方法での実施などを、例えば資金の調達方法なども含めて考えていけると楽しそうだと思いました。NPOにとっても、新しいチャレンジは常に必要です。

連携授業やワークショップをパッケージ化せずに、小さな発見を見逃さずに柔軟に、丁寧に、何が本当に必要なのかを謙虚に考えながらやっていくことが大切なのだろうと、再確認した次第です。

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-07-24

17:22

シャトー界隈で有志メンバーが行っている「近現代美術史研究会」に、八王子医療刑務所の取材をされた巡田さんにお越しいただいて、お話を伺いました。

一見すると社会の中の特別な出来事、特別な場所、と思えるところも、皆、私たちの選択の結果であり、社会全体の価値を表現しているのではないかと思います。

インタビューの最中、ラ・ボルトの精神病院

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%89%E7%97%85%E9%99%A2

のことを考えました。開放病棟で、誰が患者で誰が看護する人なのかわからないと読んだことがあります。社会がある出来事をどのように扱っているのかを丁寧に見ることは、その社会の本質を逆に照らし出しすことにもつながります。

当初は、取り壊しを前に建築的な価値をどう残すか、記述するかを考えていました。が、日頃、私は優れたアーティストとは、その時代に起こっているできことの本質を端的に見抜き、アーティストの身体を透過させ、多くの人に向けて、「表現」として昇華させることができるのではないかと思っています。そこで、ある種のアーティストは、このことをどう考えどのように向き合うことができるのか、もう少しじっくりと考えてみる必要があると思いました。

でも少し急がなくっちゃね。

みそ!、継続‥。

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-07-23

21:23

告白。

ごめんなさい、大切なワークショップもあったのですが、この日しかいけず、国立新美術館、ジャコメッティ展に行ってきました。展示以外にもう一つの目当ては、

「アルベルト・ジャコメッティと詩人たち」 桑田光平(東京大学 准教授)

という講演。

デュブーシェという詩人が30年以上とても気になっていて、その詩集は、日本語で簡単に手に取れる(と言っても、かなり手に入りにくいけれど、年代的にね)ものは多分1冊だけですが、桑田さんはデュブーシェに関するテクストも書いておられる。これはいかなくっちゃって。

http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/24443/1/ff03608.pdf

もう一つ、人にとって描くということはどういうことなのか、という日頃の疑問に、とても丁寧に明晰に答えの一つを提示しているように思えるのが、矢内原伊作の「ジャコメッティ」(みすず書房)。ジャコメッティが矢内原さんを描いたスケッチも見ることができました。

会場の入り口、最初の女性像は、描くかのように作られたようにも感じました。時間も空間も、彫刻という物?の中に込められていて、みずみずしく、とても心惹かれました。

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-07-17

15:09

16日午前中、府中市市民活動センター「プラッツ」オープニングイベント

http://www.fuchu-platz.jp/event/1001997.html

にお招きいただいて、「アートプロジェクトをやってみよう」と言うタイトルの下、熊谷薫さんと詩子さんとお話ししてきました。

詩子さんは、

「暮らしと表現の芸術祭フェットFUCHU TOKYO」という地域密着型アートフェスティヴァルや、

http://uma-merdre.com/

を、運営されていて、後からああああ、と思った時はもう遅い、自作楽器を作っておられるお連れ合いステファン・芝辻ペランさんのことは、いろんな人から聞いていた。

詩子さんたちは、アートフルアクションのように、行政の計画があって動き始めたものと違って、表現したい人たちが集まって、工夫しながら街中を舞台に活動してきた。出自はもしかしたらまったく逆かもしれないな。だから、なかなか参考になるお話なんてできなかったかな。

でも、実は、いろんなやり方があるのはなんたって、とても大切だし、いろんな人がいることを間近に知ることも大切。いろんな関係が広がっていくと面白いな、と思って帰ってきた。知らないことはたくさんある、知らないことを知ることで、自分たちの特異さや得意技が見えてきたり、これやってみよう、とか、ね。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-07-16

05:54

世田谷区の生活工房に行ってきました。

ワークショップの最中に、施設のリニュアルに向けたアンケート。

お答えいただいた方にはチュッポチャップスとスターバックスのコーヒープレゼント。そして、多分スタッフの方でしょうが、こんな格好でインタビューし、その答えを丸い付箋でボードに貼っています。

答えやすいし、指摘された課題もわかりやすいですね。チュッポチャップスに吸い寄せられて行ってみましたが、楽しかったです。

ちなみに、私の施設のリニュアルへの提案は、とても良い施設だと思いますが、人工物ばっかりだから、有機物を施設の中にぶち込んだらどうか?というもの。直線ばかりの建物の中に植物や泥があったら、もっと面白いよね。

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-07-15

20:49

今日ははけの森カフェにて、tarlの授業でお話しさせていただく機会があり、アサダワタルさんと一緒に講師として参加してきました。人の前で話すことの難しさよ。。
だけど、去年の資料を眺めて資料を作ろうと苦闘しながら、本当にたくさんの人によってこのプロジェクトはできていたんだなということを思い出しました。関わってくれた色んな人の顔を思い返しました。お話を聞きに行った時のことがよみがえってきました。話をするということは、たちどまって振り返ることであり、丁寧にもう一度見つめなおすことだと感じました。そんな機会をいただけたことがとてもありがたいと思っています。

「体験を紡ぐ」というテーマのtarlの授業。紡ぐのは一体誰なのかな、と大切な問いをもらいました。
プロジェクトを作るのは誰なんだろう。アーティスト?スタッフ?メンバー?観客?
スタッフやアーティストの状況や生活がそのプロジェクトを変化させていくように当日やってきた観客や参加者の状況がそのプロジェクトを変化させることもあると思います。
それぞれがそれぞれのポジションで紡いでいく、プロジェクトは大まかにいうと観客も含めて準備から本番まで共同作業なのかもしれません。なんだか演劇的。

たくさん間違えることもあり、反省しつつ。引き続きゆるりとがんばります。

  • 荒田 詩乃
  • アサダワタル
  • プロジェクト本番

2017-07-10

11:12

みそ!なのに、プロジェクト本番?

8日土曜日、調布まちづくりの会にお招きいただいて、「連携」についてちょっとだけお話しさせていただきました。話は苦手(笑)。

1時間半、とっちらかった話を聞いていただきました。ありがとうございます。

施し、施される関係を超えるためには、一見して、弱者?、施される側、と思われる市民も、本当は弱者でもなんでもなく、とても創造的な主体であるということを、まずは皆が感じることが大事かな。

相応の負担というのも難しいけれど、今、この時代にこの社会で生きていることを、もうちょっと平たく考えながら、何ができるか、したいかを暮らしの中で考えて、実践できたらいいなあ。もうちょっとかっこいい言葉がないかな。

継続審議。

 

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-07-06

09:59

松本さんとの対話を引き継いで、今度は下中菜穂さんと、電話で。

記録をめぐってやりとり。

「記録が記憶になること」これはとても大切なことかもしれません。

 

  • MiyashitaMiho

2017-07-05

12:01

今年は様々な活動を振り返りつつ、将来を見通すためのツールとして、記録の取りまとめを考えています。

そのために、前方(!)に向けた創造的な「記録」作成、多分、違う角度からのプロジェクトの読み解きを、創造的に行っている方々に話を聞いています。昨日は、松本篤(remo)さんにお話を伺いました。

面白かったなあ。

不在の存在

受け手のための余白を残す

みたいなこと。

でも、伝えるということの前に、「わかる」ってなに?

とか。

同席してくれた梅本さんから、議事録をいただくまで、ノートメモ。

 

  • MiyashitaMiho

2017-06-24

12:52

写真美術館の

ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館 展に走って?行ってきました。

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2778.html

奥行きがあって美しい写真。

そして、面白かったのが「移動ミュージアム」。英語では、portable とあったので、移動、より持ち運びができるってことなのかな?

私たちが移動展示システム(仮称)のはら1号を作ったのは、誰にでも表現することができるんだ、ということを具現化するため、だったと思っているのだけれど、こちらはやや「作品」。

でも、展示全体は、時間軸が重層的なこと(制作時期が異なるものが新しい作品として新作の中に織り込まれる)インド社会の多面的な層の空間的な広がり、そして、美術館の中に美術館、そして、写真の中に映り込む美術館。

美しく見えてしまうことの「問題」とか写真というものの可能性と限界みたいなものもあるけれど、面白い展示。

もう一つは、写真美術館って、ユニバーシティに対して、カレッジみたいな感じがして、結構好き。狭いところから広いところにスコープが向いていて。

拡大して、笠原さんのテキストを読んでみてください。右端は、おまけでついてた絵葉書。

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-06-21

09:47

子どもから風邪をうつされ、
休もうにも、すっかり回復した子どもが遊べとうるさく
寝るにも寝れない荒田です。
子育ては体力勝負ですね。

HI-Blood Pressure 展の18日のWSの件で、
ちょっと個人的にはたくさん考えることがありました。
夫に声をかけて参加者として参加してもらいました。
けれど、夫はその体験がとてもつらかった。
もう何が起きたのかを考えることすら彼の中では抵抗があると言うのです。

彼が何かに対して反対表明をすることは珍しいので、
そこまでのアレルギーはどこからきたんだろう?と思うのですが、そこは少し置いておいて

なんでこの人はこんなに頑固でわからずやなんだろうと思いながら、ふと気づいたんですね。

私は価値観を押し付けてるんだなと。
私は表現が好きです。表現に関わるプロジェクトが好きです。
そして、それがひらいた場であるといいなと思っています。
だけど、無意識のうちに、そのこと自体を押し付けてることもあるんだなと思いました。
これまでもそうだったのかもしれないな、とも。

だけどどうしたらいいんでしょうね。
本当に難しいですね。

色んなありようを受け入れるってことは、
色んなありようを受け入れたくない人も受け入れる?ってことで、
それって結局いろんなありようを受け入れられなくなってしまう?
うーん。。

ただ今思うのは、
場には様々なパワーが生まれること、
それが誰かにとっては心地よいものであったり、誰かにとっては心地よくなかったり、
そこに無関心でいちゃいけないし、
自分の中にもそういうものがあること、それを忘れないようにできたらいいなと思います
完璧じゃないからね。忘れたりね。でも決して完璧じゃないこと、きちんと覚えていたいです。

ひらいた場とは?考え続けたいです

  • 荒田 詩乃
  • つぶやき

2017-06-20

19:22

Hi-Blood Pressure展での出来事。

アーティストのインストラクションを、市民が実現する。この場合は、アーティストの頭部を、アーティストではない男性が作るというもの。何か、ブツが出来上がる。

参加した人は、まだ、いまひとつこの出来事がなんだか腑に落ちない。何?

ブツが出来上がれば、the 展示としてはいいのかもしれない。

「?」を、持ち帰った人たちが、明日から世界の見方が少し変わればいいのかもしれない。

でも、このことが何だったのか、参加してくださった人には尋ねたい。

アーティストには、自分のアイデアや想念が作品=ブツを作ることを媒介として、他者に伝搬し、一人一人の経験として歩き出したその歩みをどんな風に思っているのか、尋ねたい。

せっかく一人ではできないことをしているのだから、なんて、これを見ながら考えるー。

  • MiyashitaMiho

19:08

Hi-Blood Pressure展、会期前に市民の方々とポーランドのアーティストとのワークショプが進んでいます。参加するのも市民、それを支えるのも市民です。

6つのうち1つのワークショップでは、小学校に出かけていきますが、鍋とか柄杓とか、いろんなものが必要です。こういうのがいいのかな、ああいうのがいいのかな?と、夜になっても、参加してくれる皆さんは知恵を絞ってくれています。中にはマンションの  置き場から、鍋をゲットしてくださる方も。

こういうやり方を、誰かが決めたり、定めたわけではありません。でも、どんどん、鍋が集まったり、アイデアが集まる。メールとかメッセンジャーのグループとか、コミュニケーションの方法が多彩になったこともあるけれど、やっぱり、これをやってみたいとか、これってなんだろう?って思った人が、伝え方を工夫し、声かけを工夫し、有機的に拡散していったり、集約していったりの、ダイナミズムを生んでいるのかな?なんて、夜中に思う。

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-06-19

10:48

朝、ファミマに寄ったら入り口にかっこいい自転車が停まっていて、しかもハンドルにはコーヒーの麻袋に入ったワラが掛かっている…あの紙やビニールの米袋じゃなく、コーヒーの袋なところがまたかっこいい!…これはもしや…と主が出て来るまで待ってたら、やっぱりTさんでした

「これはTさんしかいないと思った」「絶滅危惧種よね〜」ってひとしきり大笑いしたあと、「こんな人がもっといっぱい出没したら面白いのにね」という話をしました。いろんな変なものが、町の中をむやみやたらと、しかも普通に移動してたら、面白いね〜(^^)

「変な」というのは、きっと日常の中にあったら異物になるようなものではないかしら。街にとっては、日常の中でワラは異物だけど、Tさんにとってはあんまり異物じゃないに違いない。ということは、街の受け皿が大きくなれば「変なもの」はどんどん普通になっていくのでしょうね。変と普通の境って、曖昧なもんだなぁ。

  • ItoAsuka

2017-06-16

09:38

学芸大学と連携して、この春制作した小屋に、ついにヤギがやってきた。

本当は?この、ヤギの引越しを、映像作品にしたいという野望もあったのだけれど、ちょっと実現できずそれは少し残念。

お母さんとこどもヤギのようです。作ったもの、やったことをどんな風に展開して、次につなげていくのか?面白い。

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-06-14

04:41

一昨年度、本町小学校で実施した写し絵のワークショップ。その後、アーツカウンシル東京の個別の助成も受けて、子供達と絵を描き、写してみました。

昨晩は、かねてからやってみたいと思っていた実験。夜、野外で写すとどう見えるんだろう?と、ハケの緑地で、真っ暗になるのを待つ。

たまたま背景にあった木々や葉の形を映し出したり、像は形を結んだり、ほぐれたり。室内の壁面への投影は、壁を選べは図像はよく見えるけれど、地と図はあくまでも、地と図。屋外だと、地と図は時に反転し、崩れ、ほぐれ、また、身を結んで、なんだかとても面白い。

言葉だと、なかなかわからないけれど、地と図が縦横に入れ替わるのって、時間感覚も崩れていき、面白い。時間と空間の関係も新しく感じる。もっと、突き詰めてみたいもの。

暗いから(笑)、写真は無しね。

 

  • MiyashitaMiho
  • ひらめき

2017-06-08

14:18

小学校に導入されるプログラミング教育、良し悪し、やる、やらない、ではなくて、どうしたらより良い方向にいけるのかな。昨日、カウンシルの方に紹介してもらった。面白いな。

http://artscape.jp/report/curator/10135748_1634.html

 

 

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2017-06-05

23:26

近くの大学の先生とこれまでお世話になった小学校の先生と教育系の学会にこれまでの地域と教育現場の連携の事例から、課題と可能性とを巡って発表をしようかと、相談中。

小金井の場合には、授業の企画や材料調達などは、各学校の先生と相談して、かなりの割合をNPOが担ってきた。それは小金井市には芸術文化振興計画があって、それによって財源も、方弁も立つから。なので、いきなり一般化することはできないけれど、この間の経験で、もっとも必要なことは、NPOの中間支援者としてのあり方ではないかとは思う。

中間支援って言葉は、なんだか少し堅苦しくて苦手だし、「支援」っていうのも、何だか高飛車な気がする。それは置いておくとして、もう少し、右と左をくっつける、とか、どこかから何かをとってきて、the「紹介」する、ということだけでない、見えない需要を切り開くことが、可能性としてあるんじゃないかとも思う。

たとえば、デザインとか設計という行為は、目的を定めて具体的なものを作る(たとえば図面を書いてプロトタイプを作ってヤカンを作る、とかね)ということだけではなくて、何が欲しいかよくわからない人たちに対して様々な事例(たとえば柄杓とかバケツとか、手で水をすくってみるとか、頭からか水をかぶってみるとか)を引きながら、用途を聞きながら(たとえば、花に水をやる、とか、お燗をするとか、お湯を沸かすとか、コーヒーを入れるとか、、足で持つとか)、行為を連想しながら、結果として新しいヤカン像を作ることかな。

あるいは、デザインとはこのプロセスの中で、ヤカンの底に穴を開けて、植木鉢にする方がどうもいいらしいとか、天井から吊ってみようとか、全く想定されていない用途を自ら導き出すようになプロセスそのものではないかと思う。そして、さらに、そのもの(ヤカン)を作ることで、自分の日課や振る舞い、価値観が変わるようなことだってある。

単に、右のものと左のものもマッチングさせるだけではない、出会い方や発見ができるといいな、と思う。そして、この方法は、シンプルな課題解決(知っている人が知らない人に教える、たくさんありすぎる仕事を手伝う‥)だけではない、根本的な発想の転換から、新しいヴィジョンを導き出すことにつながっていかないかな、と。

もうちょっと、https://www.codeforamerica.org/ も、学んでみようか。そもそも、人が物事を学ぶって、何だろう、とかね。教育系の学会だし。

 

 

 

  • MiyashitaMiho
  • ひらめき

2017-06-02

22:38

先日、「老いと演劇」OiBokkeShiの菅原さんのお話を聞きにいく機会がありました。

社会福祉士であり、俳優の菅原さんは、介護に演技を取り入れるとともに、ご高齢のかたと一緒に劇を作っています。

素敵だなと思ったのは、彼が、一緒に作っている看板俳優の方(もう90歳を越えているのだそう!)に、出会って、この人と一緒に劇を作りたいなと思って、今もその人に与えられた監督という役を演じているのだと言っていたこと。
なんだか最近ご高齢のかたやハンディキャップを持つ人に対して弱者という言い方をたまに聞きますが、そういう言葉はなんだかすきになれません。様々な人と出会い、お互いに尊敬し、共に作るということからきっと何かが始まるんだなと思いました

奈義町、ちょっと遠いですが、
この劇団の演劇を見に行きたいなあ。

  • 荒田 詩乃

2017-06-01

14:30

病み上がり伊藤です。

今日は保育園PJについて考えました。

今まで1園1園でやってきて、どんなにPJの規模が大きくても、壁を越えるのはとても難しかった。守るために必要ではあるけれど、阻むものがあると、人生窮屈。

今年度プレパと組んでPJをやるなら、どんなことができるか、妄想を膨らませました。川や野原で、子供たちから溢れる言葉や発見や動きを丁寧に拾って大きな布にマッピングしたら楽しいんじゃないなぁ。でも、市の事業として対象があんまり少ないとよくないのかなぁ、などなど、キッズルームの事務所で考えておりました。

何かをしてあげるのではなく、何かが生まれるところにていねいに寄り添い、見つめることで本質が見えるんじゃないか、と思いました。

  • ItoAsuka

09:01

アートフルアクションでは、学校連携事業で、小学校では使わない丸鑿(のみ)を使って、硬い硬い桜の木を削って船を作ったり、鉈で竹を割ると言った活動をしてきました。

ここのところ気になっていた『職人の近代』(みすず書房)http://www.msz.co.jp/book/detail/08593.html

著者の土田さんと武術研究者の甲野善紀のトークを聞いた。

詳細は主催者のこのページに詳しいですが、随所に、ものづくりのこと、身体性、技術と社会の関わりについて、とても大切なことが語られていました。

「道具の後ろに見えてくるもの――日本の鍛冶文化・近代の歴史をひもとく」 土田昇 × 甲野善紀 トークイベント

本当の意味の合理、理にかなうということを巡って。そして、人を育てる、というくだりでは、優しさと厳しさと諧謔と、という言葉も印象的でした。

鍛冶屋さんとか左官屋さん、大工、木挽職人、漆職人とか膠の職人、もっといろいろな技術が、社会の需要がなくなって、暮らしから消え行こうとする。あるいは消えていった。その技術を惜しみながら見送るのか、その技術の必然がなくなっても、形骸であっても模造し続けるのか?という、二者択一ではない道がどこかにあるような気がする。

例えば、AIがいいか悪いとか、ECTがいいか悪いのか、という択一ではなく、もっともっと、人の本質を問うことから発想し続けることが第3の道なのかもしれないと。本当に必要なことは何か?人間って、なんだろうって。

根の切れてしまった「伝統」をよく学んで、どうやって足をつなぐのかを考えることも大切なことだと思いますが、暮らしの中にその必然がないとそれは娯楽になってしまうかもしれない(娯楽が悪いわけじゃないけどね)。

けれど、その一方で、根を継ぐことが目的なのか、人にとって何が本当に必要なのかを問い続けて、結果、必要か不要かはわからないけれど、鉋の刃が納得がいくように研ぎ出せたら、それが幸福、という人もいるかもしれない。その人は、飯が食えなくても、鉋の刃を研ぎ続けていられたらいい、かもしれない?ただ、根を継ぐためだけに、ではなく、その人にとって、大切なもの、ことに、出会えさえすれば、それはthe娯楽、ではない、かもしれない。

学校で、小刀も禁止される昨今、人の可能性ってなんだろう?って考えながら、小刀くらいは上手に使えたらいいなあ、と思う。

  • MiyashitaMiho

2017-05-29

22:12

物事の「種」と言う言い方はよく目にしますね。

話の種、みたいな感じ。そして、「種」は育つ、と言う、なにやらベクトルを感じる。

種が育って、次の世代を育てれば、それはそれでいいのかもしれないね。

ミソ、は、ただ、ミソ。育つと言うより、そこに何かいつもある。それ自体が熟成するかもしれないけどね。

何かやってみようっていう時、まずは、材料ややり方を調べたり、他の事例にヒアリングしたりってことは当然だけれど、私たちは実際にやってみるってことをずっと大切にしている。例えば、木で船を作ろうって時、桜の木がいいのか、ヒノキやケヤキがいいのか?何となく、ヒノキやケヤキの方が柔らかそうな気がした。でも、実際に二つを試してみると、針葉樹は木の繊維が縦にばっかり強くて、形にバリエーションが出てこない。作家の助言も得て、硬いけれど、きちんと切れる道具が揃えばむしろ安全な桜の木を使うことにした。その過程ではやってみないとわからないことがたくさんある。

子供達に手渡す前に、どの程度の難しさか? どんなサポートがあるといい? 何回くらいでできるかな? この過程からどんな発見があるか? いろいろな過程を踏まえて考える。

具体的なプログラムの前のおおもとの、どんなことを子供達に伝えたらいいのかな、を考えることと実験を往復すること、その経験の蓄積も、次のミソかもしれないな。

 

  • MiyashitaMiho

2017-05-27

20:11

状況や場に対して「何かができること」が
存在のあり方だといままで思っていたのですが、
赤ちゃんと暮らしていると、それとは全く違うあり方に気づかされたりします。

赤ちゃんはできないことがいっぱいです。
歩くこともできないし、話すこともできない。寝返りをはじめた息子は自分で寝返りをすると戻れずに泣き叫んで私達を呼びます。

でも、私にとって彼がいることはとても大きなことです。なんにもできなくても、ただそこにいる、それだけで誰かの力になることってあるんだなと思います。

「何かができる」だけではないあり方を考えたときに、人とひとの関わりはもっと豊かになるんじゃないのかなと。
様々な人のあり方を大切にできたらいいなと思う今日この頃です。

  • 荒田 詩乃

2017-05-24

18:12

出来事が起こり、その出来事が次の出来事を喚起する、でも、ちょっとずれていたり、途中で大きなアイデアが生まれたりって。「デザイン」って、合理的で無駄がない働きなようで、実はある種の予測不可能な不合理も内包している。でも、その予測不可能な不合理の混沌の中に、実は丁寧に読み解くと深い合理がある、ってことを、考えさせられますね。

アーカイブ、記録のことを考えていて、ふと、ブルーノ・ムナーリ『霧の中のサーカス』。友達に久しぶりに書名を聞いた。ああ、そういえば、学生の頃?流行ったな。

『モノからモノが生まれる』(みすず書房)の思想を具体的に体現しているのが『霧の中のサーカス』かな。学ぶことはまだまだたくさん。きっちゃんが図書館から借りてくれました。

 

 

  • MiyashitaMiho

13:07

みそというわけでもないですが…他にどの項目にしようか決まらなかったので…

朝まずゴミを捨てて、ちょびっと片付けをしました。6、7月と、まとまった時間で事務所に来られなさそうなので、コマ切れで備品の整理をしていこうかな、と思います(こういうの、ここの書き込みでいいのかな?)

備品が一覧表になっていて、どこに何があるかすぐわかって、貸し出しとかもスムーズにできたらなんてステキ!

だから、モノは元の場所に戻しましょうね。

ウフフ、それなりに「みそ!」でした(笑)

  • ItoAsuka

2017-05-22

16:04

石井さんが上智大学で続けておられる勉強会「青い花」にお邪魔して、神奈川県立近代美術館の館長水沢さんのお話を伺ってきました。

コルヴィッツ、パウラ・モーダーゾーン=ベッカー、ヘレン・シャルフベックを取り上げて、彼女らが生きた時代と表現について、縦横に(!?)。水沢節。楽しい時間でした。

パウラが亡くなった時にリルケがつくった詩、水沢さんが訳されたとのことですが、パウラの絵やリルケの妻の作品、パウラの夫のオットー・モーダーゾーンの作品を知らなければこの詩は訳せない、と言うお話も興味深かった。

ああ、それからそれから、芸大の黒田清輝が「本当に学び、研究している人のそばにいないと学ぶことはできない」と藤島武二を教員に招いた下り、面白いな、と思いました。

不穏な時代、コルヴィッツについても、もっと学ぶべきですね、私たち‥。

  • MiyashitaMiho
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08:40

平塚の美術館でやっている「リアルのゆくえ」展に行ってきました。

去年の本町小学校のプロジェクトでも、「描くということ」の意味について、参加した方々と考えてきました。この展示でも考えることたくさん。

入り口の高橋由一と磯江毅‥。1800年代の末から1900年代始めに生まれた人たちの絵と展示最後のコーナーに現れる比較的若い人たちの作品との違いってなんなんだろう。写真や映像が溢れ「見ること」の意味が変わった(かもしれない)時代に生きる今日の作家たちが否応無しに体現してしまう見ることそのものの有り様の違い?について、考えてしまいました。

一見すると地味な展覧会かもしれないけれど、一つ一つの作品の密度の高さと、結果として、全体に、なにやらとても重量のある展示だった気がします。

チケット売り場で見た高野野十郎の図録「遺稿」に惹かれ購入。描くということすなわち生きることなんでしょうが、それにしても、帯にある「甘美な世捨て」だったのかなあ。

  • MiyashitaMiho

2017-04-19

13:02

今日もいい天気。

しのさんと、事務所の整理について話してました。

●モノを片付ける。とりあえず棚の上の模造紙を、来週月曜日、写真に撮りつつ捨てよう、ということになりました。

●備品を整して、何がどこにあるか把握する。レンタルの方にすんなり貸し出しできるようにできたらいいな。

●備品管理その2。貸し出し表(何をいくつ貸した→返却がチェックできるやつ)があると管理しやすくていいな。

また、ギャラリーについては、レンタルした人に簡単なアンケートをしてもらいつつ、今後650メールを送っていいかという項目にチェックしてもらうのはどうか、という話をしました。不達や配信停止のご希望などで、現在580ぐらいになってます。

あと、いつこぼれちゃうかと心配だったので、紙コップに入っていたネジを、分類できるものは分類して、小箱に入れました。前小の六角レンチと、インパクトのドリル?が出てきました(^_^;)平井さんが探してたような気が…。事務所の机の上に置いておきますが、どうしましょう?

  • ItoAsuka
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2017-04-13

15:10

久々の事務所でした。

掃除をして、たまったチラシを分別してラックに入れました。ちょっとスッキリしたかな、と思います。

一昨年度はめっちゃ両面テープを使いましたが、昨年度はめっちゃクリップを使いましたね(笑)今ある缶にはいりきらないので、とりあえずビニール袋にも入れました。お家に大きめの缶やタッパーがある方、寄付してくださーい(笑)

本町小のガムテープは、事務所のものと一緒にして大丈夫ですか?

 

久々に佳子さんと会ったので、結構お喋りしてました。ちょうど話している時に、環境会議のおじさん(西何とかさん?)から佳子さんに電話が入り、「アートフルで、はけの風景に関する何らかの展示ができないか?」という相談でした。

中村研一やその他画家の作品から、近所の小・中学生のスケッチ、その他刷毛の緑にまつわるワークショップなどできないか、と。去年の小道とも重なるところがあったり、のはら一号の活動とも重なりそうだったり、そこにプレイパークが重なっても面白そうと思ったり、ちょっと面白い展開ができそうだよね〜ということで盛り上がりました。小金井は活動する市民が多いけど、うちわで固まる傾向が強い、という話にもなり、いろんな団体との横のつながりも拡げていくことも重要だよね〜、とも話しました。

あとは、今年の佳子も忙しくなりそうです(笑)

  • ItoAsuka
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2017-02-20

13:23

今日は久々に事務所で作業している気がします。

大量に来ていたチラシをラックに入れました。机の上がちょっとすっきりしました。

あとは、前原小、本町小のリマインド。前原小は今週ラストですね。

  • ItoAsuka

2017-02-10

11:39

吉川さん、永井さんと私立保育園園長会にプレゼンに行ってきました。30人程度の参加だったかと思います。

プレゼンとはいえほんの5分程度。昨年度のAA報告書と今までの保育園の活動資料、吉川さんの芸文の説明&ご挨拶のテキストを配り、協働して実施するPJである、というところを説明しました。

「施設のニーズに合わせて」「臨機応変に」というのは、経験がないからナンノコッチャかもしれないけど、と吉川さん。少しでも興味を持ってくれる施設が出るといいな、と思います。

 

 

 

  • ItoAsuka

2017-01-31

21:57

戦い済んで日が暮れない、まだ、終わっていませんが、4日のライブに備えて、6日の資材搬入に備えて、きっちゃんがギャラリーをかたつけてくれました。綺麗に掃除していあると、なんだか少し優しいですね。

3日は第四小学校の最終日、7日は前原小の初日です。

 

 

  • MiyashitaMiho
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2017-01-21

14:07

誰かが沈没していると、誰かが継続してくれているありがたさ。

昨日、4小の教室の5年生の踊り場に移動百科辞典を展示してきました。

やってみて思ったこと。能動的に見ること、をもっと突き詰めたらどうなるかな?

このシステムは、物理的空間を移動はするけれど、人の能動性を喚起するためには、展示内容、仕組み的にもう少し工夫が必要。教室の受動性でなく、俺だってできるよ、これどう?って、人が思えるような、隙間や余白も必要かなあ。

 

  • MiyashitaMiho

2017-01-18

13:02

前の用事がのびて、事務所に着くのが遅くなりました。ファックスのインク交換、重油の報告、ハサミの本数数えをしたら、もう出なければ行けない時間(^_^;)

まちはみんなのミュージアムだより、斜め読みしました。型のない自由、型があるおかげで得られる自由…開かれる形って、いろいろあるね。面白いね。

  • ItoAsuka

2016-12-19

13:36

午前中は伊藤さんと事務所のお掃除をしました。

掃除は楽しいです。物を捨てるという行為に不思議な高揚感がありますね。目に見えてだんだんきれいになるとほんとに嬉しい。事務所ちょっときれいになりました。

掃除ハイになってしまってかなりぐったり。午後もがんばります。

  • 荒田 詩乃
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13:27

今日は午前中、ウタレレをBGMに、しのさんと事務所の掃除をしました!

床もテーブルも見えるようになりました!

  • ItoAsuka
  • ひらめき

2016-12-18

00:11

定例の理事会。これから始まるカフェのことや年度末の事業について。話は藤田嗣治や中村研一の戦争画に及び。国家と芸術や戦争と芸術、近代的個人の自我とは何か?といったことを考えてみたいと盛り上がり(?)ました。マイナーな主題でも、「主張」や「対抗」ではなく、丁寧に、多くの人とともに考えていけると、単純な課題解決だけではないNPOの使命も果たせるのかとも思いました。まだ、これから。

  • MiyashitaMiho
  • つぶやき

2016-12-16

09:09

来年早々から、はけの森美術館の裏手のカフェの運営をします。そのための飲食、家具、運営方法、広報などを検討中。ここの面白いところは、以前の所有者の中村研一の人生をトレースしながら、空間や内容を考えること。そして、古い中から新しいものを見出すこと。この間は飲食を担当してくれるお二人と石井さんと白洲正子の武相荘に行きましたが、大げさに言うと日本の近代について、もっと考えたほうがいいだろうな、などとも。

  • MiyashitaMiho
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