学校連携 2017


スタッフ

  • MiyashitaMiho

主催:東京都/小金井市/アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)/NPO法人アートフル・アクション 助成:一般財団法人地域創造/平成29年度 文化庁文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業 


2017-09-23

08:53

リチャード・セネットの『クラフツマン』(筑摩書房)から

「一つの行為を何度も繰り返せば、それによって自己批判が可能になる。現代の教育は、反復学習を死ぬほど退屈なものとして恐れている。子供達を退屈させることを怖れ、常に違った刺激を与えようと熱心なあまり、賢明な教師は型にはまったやり方を避けているのかもしれないーしかし、そうすることによってその教師は、自分自身にしっかり植えつけられる実践(プラクティクス)について学習し、さらにそれを自分たちの考えで調整するという経験を、子供達から奪っているのである」

ふむふむ。今日の授業では、このことを少し思い出す。

筏作り。紐の縛り方を考えてきてください、というグループ内の宿題に、ネットで検索(笑)して、覚えてきた子供が何人か。前回の授業で、なかなかカチッと筏が固まらず、グラグラしていた経験があることもあって、それと対照して、今回、不定形な竹同士を束ねる筏がカチッと固まって気持ちがいい。大人が用意した教本も使いながら。

紐の縛り方を一種類身につけたら、次にもやってみたいという機運が高まる。できた!という感覚も。

もちろん、工夫して工夫して、自分なりに筏をカチッと縛れる方法を探し出すこともとても大切。

今回は、初回に、筏がグラグラして縛れなかった、ということも大切な経験だったはず。

気づきや発見と、新しいことをやってみようというマインドも、かな。

 

 

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-09-16

01:07

生まれて初めて使う道具。

何のために? どうやって?

どんなふうに力を入れたら穴が開くかな?きれるかな?危なくないかな?

危なっかしい手つきでも、2回目は槌のどこを持つと力が入りやすいか、ノコはより切れるようになるか?を不具合から考える。偶然、身体の向きを変えて発見する。

竹を切るときは材と直角にノコギリが入ると力も入りやすい。

ちょっと難しいのは丸い竹を平たく筏のように縛っていく紐の使い方かな。

八の字に竹と竹を絡ませていくと良いようだ、ということも、やりながらどんどん発見していく。

あるかないかの目的に向けて、材料を刻んだり、釘を打ったりしていく中で道具と身体が出会うこと、道具が教えてくれる身体の使い方。身体と道具が出会って、新しい感覚が生まれていく過程。

傍で見ていてもとても新鮮。1度目に比べて2度目はあっという間に上手になっている。立ち止まって考えて工夫して、今までと違うことができるようになると、また、新しい技や発想が生まれていく。限られた時間の中で、必ずしも万全ではないし、行き当たりばったりのやっつけ、みたいになってしまうことはあるけれど、でも、やらないよりはやったほうがずっと良い。

お友達の考えついた方法を真似てみる、一緒にやる中で新しいアイデアが生まれてくる。とても面白いプロセス。

小学校4年生の図工。大きな舟を作る。船、じゃなくて、舟ね。でも、いろんなところに行けるはず。

 

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-09-01

08:35

備忘録

先日、本町小学校に伺った際に出てきた前回の授業の反省点について。

ワックスが上履きについて、その上履きのまま子供達が学内を歩き回り、学校中がツルツルになった。最初から替えの靴下を用意し、靴下で作業すればよかった。

鑑賞授業のテーマ「私はあなたの乞食になりたい」について、「乞食」は差別用語で、今、学校では教えない=作品の主題がわからなかったので、話が展開しにくかった。

まずは、この2点。

いずれも準備の段階でカバーできる事。反省。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-08-30

22:32

世の中のいろんな組織の縦割りがあまり居心地が良くないって言ってきた。

気がついたら、私たちのプロジェクトも縦割りだ。小学校にいくことと、市民の人たちがやっている「小金井と私」のようなプロジェクトが縦割り化している。もっとひどいのは、小学校連携でも、参加してくれた学校間の協働や情報の交流がない。これではなかなか点が線にならず、市民に向けたプロジェクトになっていかないね。

一昨年くらいから、それぞれのプロジェクトの狙いをブラさずに、でも、プロジェクト相互の関わりのり代を作って、参加の多様性を高めていこうと考えている。

今日は本町小学校の日下先生と、今年の学校連携についての打ち合わせ。こちらの提案は、「小金井と私秘かな表現」の「想起の遠足」、を小学校を舞台に考える、というもの。こちらの都合で、このプロジェクトを手伝ってください、というのではなく、参加する小学生にとって充実したものでなければいけない、学校連携の事業が市民のみなさんに届くようにもなってほしい。いろいろな願いと狙いを、実際の現場の実情と擦り合わせて、想定していた以上の効果が生まれることを意図して対話する。

対話は大事。

話すことで、どんな子供たちか、学校の先生はこの子供達にどんな経験ができたらいいかな、を一生懸命考えてくださっている。立場の違いを超えて、とかよく聞くけど、立場の違いは大事。立場の違いを尊重しながら、それゆえの、新しい視点や意見が出てくることが、大事。皆同じでなくていいから。

12月には活動できるかな?

今日は内容の概要と日時の擦り合わせ。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-08-12

08:25

森美術館×国立新美術館 sunshower展。

先日の森美術館に続き、国立新美術館に。

政治のこと、歴史のこと、知らないことはたくさんなのだけれど、土や植物、水、生き物の気配、血の気配、悲しさや困惑も、否応無しに体にある、あるいは体に染みついているものが発現するんだろうな、説得力がすごいなあ、とシンプルに思う。

翻って、今、この街に暮らしている私たちにとって、彼らの土や植物、生き物の気配、に相当するものってなんだろう?別に、取り立ててアンガージュマンでなくていい。否応無しに発現する何かって何なんだろう?

いやいや、もしかしたら、その前に、私たちは身近にクレヨンや絵の具や、いやいや、土に何かを描く棒切れ、話すための言葉、音も、描けるかもしれない体も、もしかしたらどこかに置いてきてしまったのかもしれないな、とも。今回の展示にあるアジアの作家たちは、決して単純な「素朴」ではない。理にかなった知性と本当の意味の生を問う合理で世界を描いているなんて思った。

これは、私たちが学校と関わるときにも、本当に、丁寧にきちんと考えなければいけないこと。

だから、学校のところに書いておこう。そして、やっと、図録、ゲット。展覧会自体が労作。図録も労作、でも、「覚書」ではなくもう少しガチに論考があるといいな。

(最近、国立新美術館の図録は、写真と紙の関係がとてもいいな。印刷、製本技術も向上したんだろうね。)

あんまり意味ないけど、この写真。

 

 

  • MiyashitaMiho
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2017-08-10

21:07

学校は夏休み。

2学期から今年度も何校かの学校で、連携授業を実施します。

まだ、具体的な学校や内容は確定していませんが、何年か活動してきた感じやそれぞれの学校のスケジュールなどを伺いながら、少しずつリサーチを始めています。

学校と街の境界を低くして街に出て行くことや、思春期入り口の子供達が自分自身を見つめることなどを造形活動や表現するということを通して考えてきました。

昨日は来日8年目のアメリカ人のアーティストと彼のポートフォリオを挟んで、まずはどんなことに関心を持っているのか、小金井では事業としてどんな考え方で連携授業を行っているかを話しました。

アウトプットとしての造形物だけでなく、なぜ人は作るのか?人にとって造形すること、表現すること、あるいは歌うこととはどんな意味を持ったことなのか?   知ること、何かを認知するとは?あるいは記憶とは?想起とは?などなど、脳科学者でもあるアーティストと3時間近くお話しさせていただきました。

まだプロジェクトにはならないけれど、単純な、アーティストからの「刺激」に対する「反応」としての表現、ではなく、アーティストとの出会いから子供達にどれだけ内省の機会が生まれるか?「反応」を超えて、子供達の心と体を通過し、その子自身の表現として外に出てくるためには、どのような働きかけが可能なのか?と。

 

私たちは作家の持つプログラムを並行移動させて学校に持ち込むのではなく、作家の持つ「何か」をどのようなものとして子供達に経験してもらうのか、考えます。さらに、このことがアーティストにとっても新しい経験になって欲しいと思っています。長い対話が続きます、多分。

宿題。

イーフー・トゥアンの『空間の経験』を読んでみようということになりました。奇しくも?原著もあった。少しずつ話しながら、単なる委託ではない協働が、まずは生まれる基盤つくり。

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