学校連携 2017


スタッフ

  • MiyashitaMiho

主催:東京都/小金井市/アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)/NPO法人アートフル・アクション 助成:一般財団法人地域創造/平成29年度 文化庁文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業 


2017-11-10

15:31

小金井市立第四小学校の本年度の活動が終わりました。
今年は、アーサー・ファンさんをゲストにお招きして、匂いや音の経験をもとに、制作をしました。
第一回は、外に出て、匂いや音を「体験」します。室内にもどってから、匂いや音を絵として描きました。匂いや音の経験を描く、のではなく、匂いや音を描きました。

第2回は、一緒に外に出たお友達と、前回の体験の時に録音した音声をきっかけに、やはり匂いや音を図像化することを試みます。
大きな画面に、前回の体験を描写する、のではなく、前回の匂いや音、を、描いてみる。匂いや音を描く、という体験には、みたものを描く、という、これまでの子どもたちの多くの図工体験と異なる要素が入り込みます。匂いを感じます、それから、美味しいものを思い出したり、大昔に登った山の風景を思い出したりします。でも、、、今回は、匂いから「想起されること」を描く、ということでもなく、匂いを絵で描きます。

第3回目は最終回。ここでは、初日に描いた個人の音や匂いの絵を、手で割いて、さらに自分の経験の匂いや音を表現する形態にし、それをモビールのように吊り下げます。初日、皆が外に出た日には、風が強くて、本当に色々なものが風に舞っていました。モビールという作品の形はそのことも表現するものです。
また、2日目の大きな作品も、天井から釣ることで、一つの絵画作品であることと、やはり、あの日の、風や日差し、匂いを感じさせるものとなっています。

この授業でもさまざまな発見がありました。見えるものや思い出を描く、という言ってみればリニアに広がる経験ではなく、あるものを別の方法、日頃あまりとらない方法で表現するという、ねじれ?あるいは、飛躍があります。最初は???でしたが、アーティストやサポートの大人たちの丁寧な説明や、対話と問いかけ、で、子供達は新しい思考方法と表現方法を体験したと思います。

また、このことをやってみようと思ったら、どんな材料、画材、環境がもっともよいのかも、考えさせられました。机の上で大画面を描いた子供達と、床の上に自由な角度で描いた子供達の作品はとても違うものになりました。また、匂いや音と、一般的に記述できないものを描くのにはどんな画材がいいのか?どんな大きさの髪がいいのか?、どんな材料で描くことがいいのか?などなど。

学校で行われる展覧会が楽しみです。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-11-03

09:39

第四小学校2日目。
初日には一人一人が感じた匂いや音を描いてみました。
今日は班ごとに。
前回、グラウンドで録音した音を手がかりに、「(例えば)芝生の匂い、を、色で描く」という主題にむけて、頭の中の回路を入れ替える。
たとえば、採取した音を聞きなおしながら、班内のちょっとした諍いをめぐる言説(笑)。それってたとえば、色で考えると何色?
「赤」、「オレンジ」。
ふーん、喧嘩は赤か‥。
描き始める前に少しの間みんなで対話。
今回は具体的な「図像」ではなく、ある一瞬を表すかのような色と形が出現するのはとても面白い。
そして、班の中に具象が現れるとそれに違和感を感じる子供達は、なんだかちょっと違う、みたいなことも言って見る。
グループで描いていると、表現の違いを巡って、意見も飛び交う。

次は体育館での展示です。こちらもどうなるかな?
楽しみです。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-10-31

23:15

第四小学校のワークショップ前日の、参加スタッフ間のメッセンジャーのグループでの対話‥。
透明水彩の絵の具の使い方について、あんまり大事だ大事だっていうことで、透明水彩の絵の具が特別なものになってしまわないようにしたい。描きたいことがどんどん描けるように、遠慮しないで、と、授業を手伝いに来てくれている皆さんと。
・・私(宮下)は、透明水彩の絵の具は大好きだけれど、高いから、綺麗だからといって、『特別』なものとして珍重するようになってしまうのは、子供が何かを描くことに対して、新しい権威をあたえてしまいそう、っておもって、できるだけ価値づけする言葉を使わないようにって思ったけれど。これは、いろんな価値観の人が混ざり合って、一つの現場に入っていることの面白さを感じる一幕。

Kさん

今度の放課後でバブルアートをやるので、その実験ついでに、水彩絵の具とトイレットペーパーの芯とストロー使って、画用紙に描いてみました。これはちょっと絵の具多めですが、色水程度でもトイレットペーパーの芯なら淡い感じで綺麗。
ちなみにこの絵の具は子どもたちが使ってるものと同じ。ぺんてる。です!
購入した絵の具は、大きな面を多めの水で溶いて、滲みの綺麗さを表現するのにいいかもですね。
子どもは発想豊かなので、何が飛び出してくるか楽しみですー。
昨日 14:18 · Messengerから送信

Iさん
Kさん 私には、十分キレイに見えます。色数をしぼれば、個人画の時は普通の絵の具でもいいような…。 透明水彩の美しさがわからないので、なんとも言えませんが、2回目で絵の具が足りなくなるのは残念かも…と思いました。
昨日 17:16 · Messengerから送信

Kさん
長くなります。
うんうん。
私もね、絵の具が足りなくなるの心配して、自由に描けなくなってしまう方が、残念かもしれない…と少し思ってました。ぺんてるは全て不透明水彩と呼ばれるもの。

写真は左が私が大好きなのウルトラマイン(ホルベイン)
右がみかこが幼稚園で使ってた絵の具(多分ぺんてるかなー?)
同じ水の量での、にじみの差。今回は「綺麗な色」だったので、ならば!不透明より透明水彩絵具を!と思いました。
水彩の醍醐味はこの滲みとぼかし。本当はね、、。
でも、ぺんてるの良いところは、重ね描きができて、混色にも強い。小学生までの子には最適な絵の具。
昨日 17:16 · Messengerから送信

Kさん
ウルトラマリンです。
間違えた笑
昨日 17:17 · Messengerから送信
Kさん
個人画の時は、子供達が持ってる絵具でも良いかもしれませんね。どうでしょ、、?

昨日 17:22 · Messengerから送信
MIさん
にじみ 綺麗だね
確かにきれいの質は良い絵の具が望ましいかも知れないけど、足りなくなるの遠慮して使うのは 私が子供だったらわくわくが減るかも(やってみようかなを思い切れない、やってるうちに面白くなってく実験/冒険的なことが 最初から制約されちゃう気がする)

うん、個人画と分けるのいいかもね。
昨日 17:23 · Messengerから送信

Iさん
やるなら存分にやらせてあげたいよね。 ケチンボな私は「そんなに使っちゃダメ!」って言っちゃいそうで…(~_~;)
昨日 17:44 · Messengerから送信

宮下
ちょっと考えますね。足りそうな気もするが。透明水彩、綺麗だけど逆にあんまり大事大事って考えなくてもいい気もするなあ。
なんかね、大人は絵の具の金額とか効果とか知ってるから、事前に考えるけど、自分の絵の具がすごく好き、って子がいてもいいと思うんですよ。だから、混ぜて大人が予想しない絵を描いてもいいし、あんまり透明水彩(私は好きだけど)特別視しないでリラックスしてやれる方法があるといいなあ。

Kさん
そうですね。 透明水彩だけを使うにしても、とにかく足りなくなるからとか、大人の都合的なことは口に出さずに、描かせてあげれたらなぁと。。
昨日 19:16 · Messengerから送信

Uさん
みんなで使うから、ちょっぴりずつ出してねって言うと、ほとんどの子は大切に使ってくれる気がする。この小学校の子は比較的。
昨日 21:12 · Messengerから送信

Uさん
滲ませるなら、たくさん出す必要もないし。
昨日 21:13 · Messengerから送信

宮下
うん、そうだね。えっと、これは特別、っていうのは、言ってみればお金のことだったり、大人の価値観。みんなの絵の具も素敵だけど、こんなもんもあるのよ、くらいの方が、権威ってか、すげーみたいなものに怖気付かなくていいかな。
昨日 21:14

Iさん
使用感を知らないから、トンチンカンかもしれないんですけど、「この絵の具はこんな使い方(薄めて滲ませるような?)をすると、絵の具の良さをもっと引き出せるんだよ」みたいなことは、知らない道具を使うのと同じ、未知との遭遇になりますよね。
昨日 21:21 · Messengerから送信

宮下
うん、でね、大人が想像する使い方と違っても面白いよね。大人はそういう意味で枯渇しているから、たのしんでつかってもらえるといいなあ。
昨日 21:23

Iさん
昨日 21:23 · Messengerから送信

Kさん
そう、例えばこんな使い方あるんだよーこれが水彩の良いところーとか言ってしまうと、それが正しい方法なんだ!と思い込ませてしまいそうで怖い。子どもたちなりの水彩の表現を楽しんでもらえたらなぁ。
昨日 21:25 · Messengerから送信

宮下
ほんとだねー。「正しい」っていうのも、この場合、大人の価値観だからね。こういうことに「正しさ」はあんまりないから、好きにしてくれたらいい。いろんな表現が生まれるといいね。時間がある方は、明日、雨ですが、シャトーで絵の具をいじってみてくださいね。大きな絵の具のものは大丈夫ですよー。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-10-27

09:56

   1)  音が何の形になりますか?
   2)  臭いが何の形になりますか?
   3)  音と臭いに色が感じますか?
2017年度の小学校連携、第四小学校の活動の準備を進めています。
教室を出て、外で目を閉じて耳を澄ませ、鼻をクンクンさせて、体をセンサーにしてみます。
その体験を、色や形に転換させる試みです。
一昨年は、岩絵の具を使ってみました。
綺麗な色、汚い色っていうことではなくて、色はいろいろ、とてもたくさんのことを語るもの、という経験ができるといいかもしれない。今を生きている彼らの何かを感じる心がとても大切だよ、ということを伝えることができるといいなと思います。
それは金ではない(笑)。はず、だが、透明水彩は高額‥。
色々なところを歩き回って、透明水彩を買い揃えてみました。もしかしたら、もう、この絵の具に触れない子供達もいるだろうな。ちょっと頑張って、へーっ!っていう経験をして欲しい。
(ここで、絵の具の写真があっても仕方がないね‥)
  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-10-23

21:23

台風一過、朝のうちの曇り空が晴れて、綺麗な空になりました。

風は強いですが、こうやって紐を張ってみると、こんなに強い風が吹いているんだ、ということが身体的な経験としてよくわかります。

この後もっと強い風が吹いて、綺麗な水色のテープを空に舞い上げました。子供達は空の紐を仰ぎ見る。そして、紐の下に潜り込み、風の下に入りました。

机の上でどんなものがいいかな、とスケッチを描いている時の様子と、外に出て風の力を身体で感じて、予期せぬ動きに振り回されつつも、風が巻き上げるヒモに感嘆する姿に、やっぱり、やってみるってことが本当に大事だな、と思いました。

体験することが学びにおいても大事じゃないかなってことが、この授業の試みからちゃんと考えられるといいな。子供達のワクワクして、驚く姿と、やって見た後の動きの良さ(笑)にこちらも感嘆。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-10-19

17:58

10月14日、平成29年度日本教育大学協会研究集会(於刈谷市)に行ってきました。

これまで小学校でご一緒した図工科の河野先生とご一緒に。

これまで私たちが小学校の場で展開してきた、学校、アーティスト、地域の人たち、大学(生)の連携の成果と課題を発表しました。小学校に外から人が入ってくることによって、日頃学校の中だけではできない活動ができるようになる、そのことの意義と課題、かな。

発表するのは小学校の先生。受付のところでちらっと見たけど、NPOの人も小学校の人もいない学会。河野先生が発表しているのを後ろから見てると、「答えのない授業を子供達とやってみること」(ウンウン)、「多様な大人たちと出会うこと」(ウンウン)「大人たちが、答えを渡すのではなく伴走すること」(ウンウン)、と頷いてるところが見えました。

継続して行うためにはどうしたらいいか?

教科書に出ていない授業をする際の評価はどうするのか?

NPOの活動の位置付け?

などの質問をいただきました。小金井は計画があるのでやや特殊。でも、これまでの活動で得たことを展開していける可能性は大きいかな。

まずは自分たちのことを整理する。それを伝える、もっと色々な人が関心を持ってくれる契機になるといいな、と思いました。河野先生、お疲れ様でした。

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-09-23

08:53

リチャード・セネットの『クラフツマン』(筑摩書房)から

「一つの行為を何度も繰り返せば、それによって自己批判が可能になる。現代の教育は、反復学習を死ぬほど退屈なものとして恐れている。子供達を退屈させることを怖れ、常に違った刺激を与えようと熱心なあまり、賢明な教師は型にはまったやり方を避けているのかもしれないーしかし、そうすることによってその教師は、自分自身にしっかり植えつけられる実践(プラクティクス)について学習し、さらにそれを自分たちの考えで調整するという経験を、子供達から奪っているのである」

ふむふむ。今日の授業では、このことを少し思い出す。

筏作り。紐の縛り方を考えてきてください、というグループ内の宿題に、ネットで検索(笑)して、覚えてきた子供が何人か。前回の授業で、なかなかカチッと筏が固まらず、グラグラしていた経験があることもあって、それと対照して、今回、不定形な竹同士を束ねる筏がカチッと固まって気持ちがいい。大人が用意した教本も使いながら。

紐の縛り方を一種類身につけたら、次にもやってみたいという機運が高まる。できた!という感覚も。

もちろん、工夫して工夫して、自分なりに筏をカチッと縛れる方法を探し出すこともとても大切。

今回は、初回に、筏がグラグラして縛れなかった、ということも大切な経験だったはず。

気づきや発見と、新しいことをやってみようというマインドも、かな。

 

 

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-09-16

01:07

生まれて初めて使う道具。

何のために? どうやって?

どんなふうに力を入れたら穴が開くかな?きれるかな?危なくないかな?

危なっかしい手つきでも、2回目は槌のどこを持つと力が入りやすいか、ノコはより切れるようになるか?を不具合から考える。偶然、身体の向きを変えて発見する。

竹を切るときは材と直角にノコギリが入ると力も入りやすい。

ちょっと難しいのは丸い竹を平たく筏のように縛っていく紐の使い方かな。

八の字に竹と竹を絡ませていくと良いようだ、ということも、やりながらどんどん発見していく。

あるかないかの目的に向けて、材料を刻んだり、釘を打ったりしていく中で道具と身体が出会うこと、道具が教えてくれる身体の使い方。身体と道具が出会って、新しい感覚が生まれていく過程。

傍で見ていてもとても新鮮。1度目に比べて2度目はあっという間に上手になっている。立ち止まって考えて工夫して、今までと違うことができるようになると、また、新しい技や発想が生まれていく。限られた時間の中で、必ずしも万全ではないし、行き当たりばったりのやっつけ、みたいになってしまうことはあるけれど、でも、やらないよりはやったほうがずっと良い。

お友達の考えついた方法を真似てみる、一緒にやる中で新しいアイデアが生まれてくる。とても面白いプロセス。

小学校4年生の図工。大きな舟を作る。船、じゃなくて、舟ね。でも、いろんなところに行けるはず。

 

 

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト本番

2017-09-01

08:35

備忘録

先日、本町小学校に伺った際に出てきた前回の授業の反省点について。

ワックスが上履きについて、その上履きのまま子供達が学内を歩き回り、学校中がツルツルになった。最初から替えの靴下を用意し、靴下で作業すればよかった。

鑑賞授業のテーマ「私はあなたの乞食になりたい」について、「乞食」は差別用語で、今、学校では教えない=作品の主題がわからなかったので、話が展開しにくかった。

まずは、この2点。

いずれも準備の段階でカバーできる事。反省。

  • MiyashitaMiho
  • プロジェクト準備

2017-08-30

22:32

世の中のいろんな組織の縦割りがあまり居心地が良くないって言ってきた。

気がついたら、私たちのプロジェクトも縦割りだ。小学校にいくことと、市民の人たちがやっている「小金井と私」のようなプロジェクトが縦割り化している。もっとひどいのは、小学校連携でも、参加してくれた学校間の協働や情報の交流がない。これではなかなか点が線にならず、市民に向けたプロジェクトになっていかないね。

一昨年くらいから、それぞれのプロジェクトの狙いをブラさずに、でも、プロジェクト相互の関わりのり代を作って、参加の多様性を高めていこうと考えている。

今日は本町小学校の日下先生と、今年の学校連携についての打ち合わせ。こちらの提案は、「小金井と私秘かな表現」の「想起の遠足」、を小学校を舞台に考える、というもの。こちらの都合で、このプロジェクトを手伝ってください、というのではなく、参加する小学生にとって充実したものでなければいけない、学校連携の事業が市民のみなさんに届くようにもなってほしい。いろいろな願いと狙いを、実際の現場の実情と擦り合わせて、想定していた以上の効果が生まれることを意図して対話する。

対話は大事。

話すことで、どんな子供たちか、学校の先生はこの子供達にどんな経験ができたらいいかな、を一生懸命考えてくださっている。立場の違いを超えて、とかよく聞くけど、立場の違いは大事。立場の違いを尊重しながら、それゆえの、新しい視点や意見が出てくることが、大事。皆同じでなくていいから。

12月には活動できるかな?

今日は内容の概要と日時の擦り合わせ。

  • MiyashitaMiho
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2017-08-12

08:25

森美術館×国立新美術館 sunshower展。

先日の森美術館に続き、国立新美術館に。

政治のこと、歴史のこと、知らないことはたくさんなのだけれど、土や植物、水、生き物の気配、血の気配、悲しさや困惑も、否応無しに体にある、あるいは体に染みついているものが発現するんだろうな、説得力がすごいなあ、とシンプルに思う。

翻って、今、この街に暮らしている私たちにとって、彼らの土や植物、生き物の気配、に相当するものってなんだろう?別に、取り立ててアンガージュマンでなくていい。否応無しに発現する何かって何なんだろう?

いやいや、もしかしたら、その前に、私たちは身近にクレヨンや絵の具や、いやいや、土に何かを描く棒切れ、話すための言葉、音も、描けるかもしれない体も、もしかしたらどこかに置いてきてしまったのかもしれないな、とも。今回の展示にあるアジアの作家たちは、決して単純な「素朴」ではない。理にかなった知性と本当の意味の生を問う合理で世界を描いているなんて思った。

これは、私たちが学校と関わるときにも、本当に、丁寧にきちんと考えなければいけないこと。

だから、学校のところに書いておこう。そして、やっと、図録、ゲット。展覧会自体が労作。図録も労作、でも、「覚書」ではなくもう少しガチに論考があるといいな。

(最近、国立新美術館の図録は、写真と紙の関係がとてもいいな。印刷、製本技術も向上したんだろうね。)

あんまり意味ないけど、この写真。

 

 

  • MiyashitaMiho
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2017-08-10

21:07

学校は夏休み。

2学期から今年度も何校かの学校で、連携授業を実施します。

まだ、具体的な学校や内容は確定していませんが、何年か活動してきた感じやそれぞれの学校のスケジュールなどを伺いながら、少しずつリサーチを始めています。

学校と街の境界を低くして街に出て行くことや、思春期入り口の子供達が自分自身を見つめることなどを造形活動や表現するということを通して考えてきました。

昨日は来日8年目のアメリカ人のアーティストと彼のポートフォリオを挟んで、まずはどんなことに関心を持っているのか、小金井では事業としてどんな考え方で連携授業を行っているかを話しました。

アウトプットとしての造形物だけでなく、なぜ人は作るのか?人にとって造形すること、表現すること、あるいは歌うこととはどんな意味を持ったことなのか?   知ること、何かを認知するとは?あるいは記憶とは?想起とは?などなど、脳科学者でもあるアーティストと3時間近くお話しさせていただきました。

まだプロジェクトにはならないけれど、単純な、アーティストからの「刺激」に対する「反応」としての表現、ではなく、アーティストとの出会いから子供達にどれだけ内省の機会が生まれるか?「反応」を超えて、子供達の心と体を通過し、その子自身の表現として外に出てくるためには、どのような働きかけが可能なのか?と。

 

私たちは作家の持つプログラムを並行移動させて学校に持ち込むのではなく、作家の持つ「何か」をどのようなものとして子供達に経験してもらうのか、考えます。さらに、このことがアーティストにとっても新しい経験になって欲しいと思っています。長い対話が続きます、多分。

宿題。

イーフー・トゥアンの『空間の経験』を読んでみようということになりました。奇しくも?原著もあった。少しずつ話しながら、単なる委託ではない協働が、まずは生まれる基盤つくり。

  • MiyashitaMiho
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